鞭崎神社(草津市)2022.12.31 A4 22-65
津の田カレー(高槻市)2022.12.26 A4 22-64
富田のなか卯前(高槻市)2022.12.25 A4 22-63
松尾大社の大絵馬(京都市西京区)2022.12.17 A4 22-62
高山右近像の前で(高槻市)2022.11.22 A4 22-61
帝塚山市川家土蔵(大阪市住吉区)2022.11.15 A4 22-60
帝塚山市川家(大阪市住吉区)2022.11.12 A4 22-59
東福寺通天橋(京都市東山区)2022.11.4 A4 22-58
東福寺臥雲橋(京都市東山区)2022.10.29 A4 22-57
齋藤住宅(京都市伏見区)2022.10.16 A4 22-56
八丁松原(高槻市)2022.10.2 B5 22-55
BIWAKOモニュメント&サイクリスト聖地のオブジェ(守山市)2022.9.20 A4 22-54
カイマナリオ(草津市)2022.9.18 B5 22-53
JR山崎駅(京都府大山崎町)2022.9.17 A4 22-52
京都サンボア(京都市中京区寺町)2022.9.12 B5 22-51
力餅食堂加藤商店(京都市東山区)2022.9.1 A4 22-50
山科地蔵の井戸(京都市山科区)2022.8.24 B5 22-49
大叔父の民家(京都市東山区)2022.8.17 A4 22-48
図書館へ向かう道(高槻市富田)2022.8.12 A4 22-47
稲荷神社(殿岡神社)(高槻市)2022.8.3 パスポートサイズ 22-46
まつひろ商店2(京都市東山区)2022.7.27 A4 22-45
子安塔からの清水さん(京都市東山区)2022.7.23 A4 22-44
さよならピナレロ(淀川)2022.7.18 A4 22-43
地震観測所の見える風景(茨木市)2022.7.11 B5 22-42
蒸気機関車(不明)2022.7.5 A4 22-41
今城塚古墳堀2(高槻市)2022.7.1 A4 22-40
萩谷公園の土俵(高槻市)2022.6.27 A4 22-39
姉妹(香川県坂出市沙弥島)2022.6.22 A4 22-38
2022.6.20 A4 22-37
北座跡(右)とビストロキエフ(京都市東山区)2022.6.14 A4 22-36
鴨川納涼床(京都市中京区)2022.6.12 A4 22-35
関西医大遠望(高槻市大塚)2022.6.9 A4 22-34
酒造の街(京都市伏見区)2022.6.5 A4 22-33
分銅屋足袋店(京都市中京区)2022.5.31 A4 22-32
清蓮寺(高槻市富田)2022.5.27 A4 22-31
西河原新橋(茨木市)2022.5.25 A4 22-30
大念佛寺(大阪市平野区)2022.5.22 A4 22-29
女瀬川河床低下工事(高槻市)2022.5.12 A4 22-28
豪川に架かる土橋(京都市伏見区)2022.5.4 B5 22-27
長谷川家住宅(京都市南区)2022.4.29 A4 22-26
摂津峡公園の桜(高槻市)2022.4.19 A4 22-25
中崎町の美容室(大阪市北区)2022.4.16 A4 22-24
平湖の小屋(草津市志那町)2022.4.11 A4 22-23
中畑・清谷の民家(高槻市)2022.4.10 F4 22-22
下篠橋の桜(高槻市原)2022.4.6 B5 22-21
安満遺跡公園のマメナシの木(高槻市)2022.3.30 B5 22-20
大津浜の河津桜(滋賀県大津市)2022.3.29 B5 22-19
紋屋図子(京都市上京区)2022.3.23 A4 22-18
法竜川水門(滋賀県守山市)2022.3.17 A4 22-17
伏見駿河屋羊羹(京都市伏見区)2022.3.11 B5 22-16
今城古墳祭祀場(高槻市)2022.3.3 287×272 22-15
鵜殿のヨシ原焼き(高槻市)2022.2.21 287×272 22-14
伏見駿河屋(京都市伏見区)2022.2.18 A4 22-13
水彩画らしきものがこれ。
神戸大学(神戸市灘区)2022.2.14 A4 22-12
京福妙心寺駅(京都市右京区)2022.2.9 B5 22-11
レストランJULIA(交野市私部3丁目)2022.2.6 A4 22-10
なぎさ公園菜の花(滋賀県守山市)2022.2.4 SM 22-9
安満遺跡公園から青い山脈(高槻市)2022.2.1 A4 22-8
壽酒造(株)(高槻市)2022.1.26 A4 22-7
出町ふたば(京都市上京区)2022.1.21 F0 22-6
雪の大原(京都市左京区)2022.17 B5 22-5
寒天小屋と浄圓寺界隈(高槻市)2022.13 27×38 22-4
早朝の瀬田川鉄橋(大津市)2022.1.9 A4 22-3
(疣水磯良神社)(茨木市)2022.1.7 A4 22-2
上宮天満宮参道の灯籠・狛犬・鳥居(高槻市)2022.1.3 A4 22-1
琵琶湖のほとりに、1,340年以上もの間ひっそりとたたずむ神社です。
矢橋八幡宮 → 鞭嵜八幡宮 → 鞭崎神社と二度の改名をしている
藩主から膳所城の南大手門を寄進され、今日鞭崎神社表門として重要文化財に指定されている。
医大での検査結果説明を聞いた後、夕食に阪急高槻市駅にある
「津の田ミート」のカレーを食べた。美味しかった。
結果は異常無し、来年で術後5年目となる。
来年4月から大人も自転車ヘルメット着用が努力義務となる。
なか卯で食事中、私のミニベロ(右)の横に家族づれの子供の自転車が
止まっていてヘルメットが篭にあったので描いてみた。
行きつけのYサイクルで黒の地味なヘルメットを買った。ヘルメットも寿命がある。
来年のカレンダー作りに時間を取られ今回は、省略可して切れ目無しの折り返し型に
して昨年同様に配布完了。又諸事情があり、作成アップが遅れた。
点景にコボちゃんのおじいちゃんを入れてみた。
DY会の史跡めぐりが無事好評で終わった。「西国街道・高槻城下町の
跡地を歩く」を11/17開催した。頼みのガイドさんが、他のガイドと
重なり私がガイドするはめに・・・。参加者6名。ガイドは高槻藩士
だった。
土蔵はフラメンコスタジオに改装されている。
踊ると漆喰の壁と木の床の響きが素晴らしいそうです。
俺!
いや、オーレ!
地名の由来は、帝塚山古墳によるらしい。上町台地の南端にあり、
明治以来、市内の豪商たちが別荘や邸宅を建てた。マンションへの
建て替りもあり、高級住宅地のまちなみが変化しつつある。
蔵は、フラメンコスタジオとして利用されている。
【2023カレンダー掲載】
臥雲橋から通天橋を望む定番アングル。
【2023カレンダー掲載】
DY会の史跡めぐり「西国街道・高槻城下町の跡地をあるく」で、
ボランテアガイドが多忙でガイドできないとのことで、私がすることになった。
その資料作りとコース確認のため、試し歩きでかなりの労力を使っている。
よって、スケッチがままならない。臥雲橋(がうんきょう)は日常生活橋である。
紅葉にはまだまだ早い。東福寺の東司(とうじ)※トイレの扉に車が突っ込んだ
所はベニヤ板が張られていた。
築150年の齊藤酒造社長の元私邸で、今は京町家でカジュアルフレンチ
「水ノ雅KYOTO FUSHIMI」というレストランになっている。
親戚の事情等で暇な時間が取れず、アップに時間を要した。
昨年の55作掲載は2021.5.30である。後、3カ月で45作品は不可能。
努力あるのみ。今度の史跡巡りで歩くであろう道を描いた。
ミニベロ輪行草津の続作。前回は下書き無しでいきなりペン書きしたので、駄作に。
今回は、ゆっくり下書きしてのペン書きで2作品も描いた。これらは第2なぎさ公園に設置されている。
左の絵から、右の山並みは近江八幡の長命寺山。沖島もモニュメントの端っこに!
おまけにその奥に伊吹山が見えてます。
【2023カレンダー掲載】
ミニベロ輪行で草津にあるai彩ひろば(草津川跡地公園)に行った。
50キロを走ったが、ハンドルが”フラットハンドル”文字通りまっすぐなハンドルで
ずっと同じ姿勢を維持しなければならないため、ドロップハンドルと比べて腕はかなり疲労した。
公園内にあるカフェを描いた。この公園は歩行者路とサイクリングロードが区分けされていた。
ミニベロ(タイヤが小さい自転車)で自宅から淀川を上り山崎まで走ったが
帰りは自転車を折畳み袋詰めしてJRに乗り帰った。これを輪行といふ。
山口晃さんの絵に感化されたのか、屋根を茅葺きにタクシーを町駕籠に変えてみた。
「阪急ええはがきコンテスト」に応募(22-47)したのが、前年に続き一次審査通過の連絡がきた!!
90年以上の歴史を持つバー「京都サンボア」が22年8月で老朽化のため閉店した。
常連の食通で知られる作家、池波正太郎が「誇りにみちた酒場」と評した。
今後は新たな場所で開店をされるとか。知らんけど。
今年も8/7〜10の六道まいり(六道珍皇寺)に行った。人が少なかったので鐘付きができた。
この食堂はこの近くに昔、勤務ビルがあったので時々利用した。
阪急四条から建仁寺の境内を通って通勤した。ほろ苦い毎日の路だった。
今年も京の六地蔵めぐり(都の入口六ヶ所にある伏見・鳥羽・桂・常盤・鞍馬口・山科地蔵)に出かけ、
お幡(おはた)を頂きに行ってきた。最近買った折畳小径車で輪行(自転車を袋詰)を計画したが、
この暑さ、年齢を考え、例年通り地下鉄・嵐電1日チケットで行くことにした。
この井戸は旧東海道沿い山科にある徳林庵にある、井戸手水(牛馬水飲み処)〇丸に通印のデザインが残っている。
これは通し飛脚(出発から目的地まで一人で通していく飛脚)の刻印で、日通の社章になっている。
おはた
TV大阪で放映された深夜ドラマ「ちょこっと京都に住んでみた」に出てきた大叔父の民家。
主演は木村文乃で、その大叔父(近藤正臣)の民家に間借りして叔父から買い物等を頼まれ、
自転車で京都の街へ出かけるだけのドラマ。あんこ・味噌・豆腐・アンティークショップ・
喫茶店・ほうき直し屋・バイク店・蕎麦、うどん屋さんなどを紹介する。店の方は本当の方。
この民家は東山区に実際にある家TVでは赤い車とスクータと植木があるが、訪れた時には
車はなかったので入れてみた。掃除しているのは木村文乃さん。
番宣のポスターで、俳優はこの4名のみ。
今年も「阪急ええはがきコンテスト」があり、8/31が締切である。
昨年は一次審査で落選した。今年用の応募候補の1作品目で描いたが、
見せ場は @低いトンネル A江戸時代の旅人 B時計のある図書館 C電車
に絞り、見せ場に流れを作った。積もり・・・
【2023カレンダー掲載】
トラベラーズノート(パスポートサイズ)のスケッチブックが有ることを知り、楽天で購入した。
片意地を張らずに紙、ペン、3色(青・黄・赤)絵具・水筆等を小さなバッグに入れ、
手軽にスケッチしたい。次回は見開き2ページを使って描いてみたい。
クロスバイク・早朝朝トレで、キャンプ場入口まで激坂を登り、帰りは関大西門から下り坂。
途中にある神社を描いてみた。この地奈佐原近在の村が干ばつで苦しんだ時、神輿を阿武山に埋め降雨を祈願した。
連日の暑さに外でのスケッチは躊躇する。20-9で描いたのは真ん中の建物部分であったので、
左右の建物を冷房の効いた部屋で改めて描いた。以前買ったがま口バッグの鎖を革紐に
変えるために再度訪れた。留め金のパッチンを調整してくれた。
この風景は21-80で描いているが、亡くなられた岸本さんの模写であった。
清水寺には裏山の門扉から中に入れる所があり、舞台の対面にある子安塔へはすぐ行ける。
この近辺にライブカメラが設置されていて、TVの天気予報なんかにこの風景がよく映っている。
【2023カレンダー掲載】
本日、10年前に買った愛車ピナレロを友人を通じて手放した。
先日73歳を迎えた事もあり、息子達に譲ることもないことから断捨離で、
防犯登録の抹消、譲渡証明書の手続きを済まして買って頂いた。
おまけに、ローラ、ピンデングシューズ、輪行袋もお付けした。
クロスバイクは将来家族も乗れるのでこれで体力強化する予定。。
売ったお金で”折り畳み小径車”を買い手軽に輪行をと考えている。
JR茨木駅の「いばらきスカイパレット」から見える観測所。
樹木の練習で描いたが見事失敗。
散歩中に堀を見たらみずもに「女」の文字が?
何かの木が影となり女の形になっていて、そこに水鳥が立っていた。
市バスで高槻の北部にある自然豊かな公園「萩谷総合公園」へ出かけた。
自然はもちろん、子供が遊べる遊具、サッカー場、野球場、テニスコートなど
がある。屋根付きの立派な土俵があったので描いてみた。自由にどすこい可。
ここの野球場で22年6月19日に阪神対オリックスの二軍の試合があり、
先発、藤浪が5回投げて、3安打3三振1暴投。7/6には一軍合流し広島戦先発見込み!!
広島に今季初勝利だ!!
瀬戸大橋公園の瀬戸大橋タワーと姉妹(孫)を描いてみた。
左の建物は、香川県立東山魁夷せとうち美術館である。なぜここに?
東山魁夷画伯の祖父が香川県坂出市櫃石島{hituishijima}(大橋の岡山県側)
の出身で、本県とゆかりが深いことから、ご遺族より版画作品の寄贈を受け、
作品を広く鑑賞していただくため、香川県立東山魁夷せとうち美術館として整備された。
【2023カレンダー掲載】
ドイツSTAEDTLER製の鉛筆「マルス ルモグラフ ブラック」6Bで描いた。サインは8B。
カーボン鉛筆で、木炭のように光沢のない濃い黒で描画することができ、紙への定着性が高く、
程よい硬さの芯は芯粉がほとんど出ず紙面を汚さない。力の入れ加減で幅広い濃淡や多彩な線の
表情が出せるので表現の幅が広がるとのこと。
先程TVで放送してたが、今年5月にサンスター文具から発売された金属の鉛筆。長さ16Kmまで
書ける。商品名は「metacil」(メタシル)と言う。芯は特殊合金で、芯の摩耗が著しく少ないため、
削ることが無いらしい。税込み990円。もっと早く言ってよ! 下描きに使ってみたい。
眼科の帰りにもう一枚、鴨東ビル6階にある”レストランキエフ”。
ビストロとは気楽に利用できるレストランをさす。
今年で開業51年目を迎え、創業者(加藤幸四郎さん、その娘さんが加藤登紀子さん)
が旧満州国ハルビンで慣れ親しんだ旧ソ連各地の家庭料理からレストラン料理まで京都市内で唯一、
本格的にお楽しみいただける料理店。若いころ加藤登紀子ファンだったので、
昔の京都会館へコンサートにも行き、このレストランにも1回行った記憶がある。
一刻も早くロシアのウクライナ攻撃が終ること願っている。
眼科の帰りに床が見える日陰に腰を下ろし夏の風物詩を描いた。
久し振りのロードで京都・伏見まで往復した。淀川右岸の高槻側からの遠望。
※上流から下流に向かって眺めたとき、右側が右岸となる。
京阪枚方市駅近くにある関西医科大学付属病院内に22.6.1に関医タワーホテル(12階、116.05m)がOPENした。
受診患者、家族向けで宿泊のみらしい。
伏見の酒造の街は結構広い。定番の観光客の多い所とそうでない所がある。
右は玉之光酒造、左は松山酒造。この辺りまでは観光客はこない。
22-27の土橋の近辺で、酒造会社から出てきた方と電動車に乗る人を点景とした。
電動車に乗る人は想像の人。今年は描く枚数のスピードが遅い。ガンバ。
三条通堺町角の分銅屋(ぶんどうや)足袋、江戸末期のころから続く足袋の専門店。
1864年創業という老舗です。店名の由来「分銅」は、実は元々漢方薬を扱うお店だったため、
薬を調合するために使う、分銅という秤からきているのだとか。
先の西河原新橋を描いた後、近くにある川端康成文学館で小説「古都」に
焦点を当てた特別展が開催中なので、カートを引っ張り行ったが定休日だった。
仕方なく帰宅したが、静かに描ける本寺でもう1枚簡単に描いた。ここは2枚目である。
JR総持寺駅近くの青い変わった橋が以前から気になっていたので鞄、椅子等をキャリーカート(写真)に載せ描きに行った。
安威川沿いの道端に腰を下ろし、中古で買ったカメラ用三脚をイーゼルに、開口部が広い鞄から画材を取り出し描き始めた。
色付けしていると日陰が無くなってきたので撤収。(例の日傘も持参したが使わず)今後はこのスタイルで沢山描きたい。
車が目の前を通過する危険な場所だった。橋の横には並行してJR京都線が走っている。昨年の30作は3.18である。・・・
DY会の史跡巡りをコロナにより2年ぶりに開催した。平野は中世には環濠集落として、
江戸時代に堺と並ぶ自治都市として発展した「平野郷」の歴史を受け継いでいる。
当寺の宗名は、融通念佛宗。毎年、5月1日から5日万部おねりが開催され、右端の
赤い通路を二十五菩薩が歩かれた。近くの保育園児と江戸時代のこどもを点景とした。
この女瀬川沿いに北上するマイ散歩コース。今城塚公園を回って帰ると約1時間かかる。
建物の右には京大地震観測所が見える。昭和9年の建設の際に偶然に発見された藤原鎌足
の墓と言われている阿武山古墳がある。観測所では内部見学会も開催されている。
この橋を走る京都駅行きの市バスに乗り、2カ月余り姉の入院関係で最近よく往復したが、間もなく終わる。月桂冠 昭和蔵の煙突が見える。
濠川(ほりかわ)とは伏見区を流れる川で、元は豊臣秀吉が築いた指月伏見城の濠であったことがその名の由来と伝えられます。
現在の濠川は琵琶湖疏水の水を運び三栖閘門(みすこうもん)から宇治川に流れる間に、伏見の町を潤す生活の川として知られています。
長谷川家住宅の創建は、1742年(寛保2年)とか。長谷川家は、江戸時代、庭田家の家来で、
明治維新後も庄屋として村長なども務め、高瀬川を利用して、庭田家など御所に居をもつ貴族たちに年貢を納めていた。
幕末には、長州藩士の京都進攻にそなえ、伏見から京都へ入ろうとすると,鴨川にかかる勧進橋が入口になるため
その警備にあたった会津藩士が宿泊し、勧進橋付近で長州藩士らと戦火をまじえた。
第11代の長谷川良雄は、京都高等工芸学校(現 京都工芸繊維大学の前身)の先生を慕って絵画・図学の教育を受けて、
水彩画を描いており、この建物「歴史・文化・交流の家」に展示されている。
3年連続で摂津峡さくら祭りは中止となった。
桜広場周辺には約3,000本の桜が一気に咲き誇る。
【2023カレンダー掲載】
阪急梅田の東に位置する中崎町界隈は、亡くなられた岸本さんの
数あるスケポの一つ。暫くはHPをそのままにしておくとの事で
あったが、遂に消滅した。残念。
近江大橋から琵琶湖大橋へ行くさざなみ街道の途中にある、志那湖岸緑地
の横の平湖(ひらこ)にある、建物と朽ちた船と桜。
天気も良いので高槻の山奥へ久し振りの外スケッチ。2019.9.21 19-83で描いた民家
(岸本さんと同じスケッチ場所)をアングルを変えて描いた。帰りの市バスの時間を気に
しながら色付もしたが、今一残念な絵に。すぐに描けるよう絵具の下準備など工夫が要る。
しもんじょうばしと読む。摂津峡公園で花見後、芥川沿いに「上の口バス停」まで歩いた。
何回もこの辺りは訪れているが、橋のたもとに桜の木が。この頃に歩くとよく再発見をする。
筆ペンで描いたので今一(数稼ぎ)な結果に。
マメナシはバラ科に属し、ナシの原種といわれ、4月上旬に白い花を開花させ、秋には豆粒大の実を結実させる。
食用のナシより実が小さいため、マメナシ(豆梨)・イヌナシ(犬梨)の名がついたといわれる。
日本では環境省によりレッドリストの絶滅危惧IB類の指定を受けているらしい。
習作。
先日、亡くなられた岸本信夫さんの追っ駆けスケッチは、今まで何枚か描いたが
これからも続けたいと思い西陣の「紋屋図子」(大宮通五辻上る西入紋屋町)を描いた。
この場所を探すのに苦労した。(良い運動になる)
家と家の間に通じた細い道のうち、次の通りまで突き抜けているものを辻子(図子)、
行き止まりになっている所を路地(ろうじ)と呼ぶらしい。
法竜川(ほうりゅうがわ)は守山市を流れ、琵琶湖(南湖)に注ぐ川でその水門。
赤野井漁港の北側にある魚釣りのポイントになっており、水門の後は琵琶湖一周のサイクリングコースがある。
チンチン電車の中に羊羹3個入っている。絵柄は人力車・酒蔵・伏見桃山城など6種類ある。
総本家駿河屋の系統図は「直系」「分家」「別家」(のれん分け)に分類されるらしい。
ここ油掛駿河屋は「分家」らしい。今でこそ総本家は和歌山県に構えているが、ルーツは
ここ伏見にあった。秀吉が桃山城で隠居した頃、古代伏見羊羹(紅羊羹)を好み、その後
桃山城に入った家康の子、頼宣にも駿河屋の和菓子は親しまれ、頼宣が1619年に紀州
初代藩主として入国した際に『御用菓子司』として菓子職人も共に紀州に入国した。
伏見駿河屋前
京都駅前
相変わらず近場です。
公園の埴輪祭祀場は、家、人物、動物など200点以上の形象埴輪が整然と並んでいる。
大王のハニワ祭が再現されているのは日本でここだけらしい。この前方に今城塚古代歴史館がある。
冬の風物詩「鵜殿(うどの)のヨシ原焼き」が3年ぶりに行われた。
高槻市の東部、道鵜町の淀川河川敷(鵜殿(うどの)地区)には、
湖、沼、河川などの湿地で見られるヨシが草原のように群生しており、
野焼きをすることでヨシの生育環境を維持・保全されている。
ここのヨシは宮内庁で演奏される篳篥(ひちりき)にも使われている。
【2023カレンダー掲載】
姉宅に訪問した後駅へ向かっていたところ、駿河屋のショウウィンドウに
水彩画らしきものが、見えたので近寄ると電気鉄道事業発祥の地の碑があった。
左の車道は現在の竹田街道で、明治中頃ここ京橋から京都駅までチンチン電車が
日本で初めて走った。ここの土地は昔、駿河屋の建物があったと店の人から聞いた。
描く材料がない。外スケッチも寒いし・・・。
この構図の右から見た挿絵の切り抜きがあったので、暇つぶしに描いた。
北野白梅町から帷子ノ辻を経て嵐山に向かう嵐電北野線の妙心寺駅。
妙心寺の北門から仁和寺に向かう時にこの踏切を渡る。
【2023カレンダー掲載】
電友会会報R6.5.1趣味のコーナーに掲載。
私の好きな画風の絵を永年描いて来られた岸本信夫さん(下にリンク)が、先日他界された。
過去、個展に訪れた際にお話をしたかったが、他の方と話をされていて機会を逸したことがあり、
次回の個展時には色々聞きたいと思っていた所であった。しばらくは岸本さんの描かれた絵を
描きその手法を学ぶこととする。まずは、地元である交野市の民家と町並みを描いてみた。合掌。
友人からもらったWATER FORDで描きブロックの紙を外そうとしたら、
最後の紙も終わり裏表紙に描いていた!!
水入れした際に黒くなったのでおかしいと思いつつ描いてしまった。
情けない絵になった。
コロナマンボウにより各地のスケッチできず、近場ばかり。
将棋の藤井聡太さんの王将戦が先日高槻で対戦があり、聡太君もここに来た。
今城塚公園にも来てゆるキャラ”はにたん”と記念写真も。絵にも入れてみた。
後の山は藤山一郎が歌った”青い山脈”と言われている。
【2023カレンダー掲載】
高槻・富田は江戸時代から酒造りが盛んであった。現在も2軒の酒蔵がある。
本日からまた新型コロナのまんえん防止が2/20まで始まった。いつになれば収束するのか。
初詣のついでに豆餅を買った。この時の行列はこの程度。
1899年の創業、明治32年だから武士は並んでいないか。
white watsonの190g 新しく購入した。
【2023カレンダー掲載】
近場でのスケッチ場所は原になってしまう。
朝日、空、川がまだまだ未熟。
いぼみずいそらと読む。総持寺の近くにあり、毎年チャリのお守りをいただいている。
神社御社頭の霊泉「玉の井」は、古くから「疣水」の名をもって広く世に知られ、
疣はもちろんのこと、諸病平癒に霊験あらたかな御神水として知られている。
孫が高校受験なので上宮天満宮へお詣り。坂の中程から参拝行列。
絵馬に合格祈願を、合格します様に。
境内に「山崎合戦秀吉本陣跡」の石碑がある。
【2023カレンダー掲載】